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田中角栄

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田中角栄は第64代の内閣総理大臣で1972年7月から74年12月までの2年半弱、政権を運営した日本を代表する人物です。

意外に在任期間は短いもののその存在感は非常に大きなものがあり、また自民党内では最大の派閥の長となっていたことから首相退陣後も政界に大きな影響力をもつ存在となったことでも有名です。

2015年作家の石原新太郎が田中角栄を語った「天才」という本を出版したことから没後23年を経て大変なブームとなっており、あらためてその存在がクローズアップされています。

いい意味でも悪い意味でも他を圧倒する特別な存在

とにかく最終学歴が小学校卒業で総理大臣になったのは明治維新後後にも先にもこの人物だけで、苦労して政治家の道にたどり着いた経歴も人を驚かせる存在といえます。

また人を見る天才的才能は石原氏著作にも多く登場していますが、もはや伝説的な才能として語り継がれるようになっています。

日本列島改造論を打ち出し、国内の不動産価格が急激に上昇していったのもこの田中政権の時代からであり、日本を大きく変える存在であったことだけは間違いありません。

その一方で金脈政治を展開したことでも他に類を見ない人物であり、結局ロッキード事件という大きな金銭をめぐる疑獄事件をめぐって戦後の総理大臣としてはじめて逮捕されるという、これまた特別な存在となってしまいます。

ロッキード事件に関しては当人が裁判の係争中に他界してしまったことから、そのすべては明らかにならないまま今日に至っています。

日本列島改造論は今でも注目される国のグランドデザインの典型

1972年に田中氏により総裁選挙に当たって出版された「日本列島改造論」は、実際のところ本人以外にゴーストライターがいたことは間違いないようですが、国の向かうべきインフラ政策や地方の工業化などについて体系だった内容をぶちあげてそれに基づいた政治を行ったという点では、非常にわかりやすく、グランドデザインをしっかりと国民に掲示して政策を実行したという点で、今でも大きな評価を得ている内容となっています。

日本は人口も減少し、先進国の中ではもっとも早く高齢化を体験する存在となっていることから、これまでのような高度成長は見込めなくなっています。

下り坂をどのようにしてゆっくり降りていくかが大きな問題になってきていますが、こうした中で明確なビジョンを提示して国のグランドデザインを語れる政治家が欠如していることが、ここへきての田中角栄ブームの再来につながっているともいえそうです。

田中政治を実際に体験した世代にとっては手放しでは喜べない事象も多数ありましたが、振り返ってみると今日には存在しないリーダーであったことは確かです。

田中家の家系図

田中家のストーリー

田中家は貧しい農家でした。1918年に生まれた角栄は、小学校を卒業すると土木派遣所で働き始めました。

1936年16歳のとき、理化学研究所の大河内正敏が書生に採用するという話をあてに単身上京しますが、話は通っておらず、仮寓先で住み込みで働きながら中央工学校土木科の夜間部に通い始めました。

2年後に卒業して建築事務所に就職しますが、事務所の主が徴兵されたため、1937年19歳で独立して共栄建築事務所を設立しました。その後「大河内正敏」との偶然の出会いをきっかけに、理研コンツェルンから多くの仕事を得るようになります。

仕事の傍ら「錦城商業学校」で商事実務も学びました。1938年から1941年まで兵役に就き、除隊後に田中建築事務所を開設し、1942年に土木建築業者の娘「はな」と結婚します。

1943年に田中土建工業を設立し、1945年に理化学興業の工場の移設工事をするために朝鮮に渡りましたが、同年に終戦となり引き揚げました。東京の田中土建工業は戦火を免れていました。

衆議院議員選挙に初当選

1946年、田中土建工業の顧問だった進歩党代議士の大麻唯男の要請により、衆議院議員総選挙に新潟から出馬するも落選してしまいます。しかし、翌1947年に進歩党あらため民主党の公認で再び出馬して初当選を果たします。

当初は民主党として片山内閣を支持していましたが、臨時石炭鉱業管理法に反対したことで民主党から離党勧告を受けてしまいます。

同じく反対を唱えた議員とともに民主クラブに加盟し、その民主クラブが日本自由党と合同して民主自由党となると、角榮は選挙部長の役に就きます。ここで日本自由党の党首であった吉田茂と出会います。

1948年に吉田内閣が発足すると、角榮は法務政務次官に就任しました。ところが、炭鉱国家管理法案をめぐって炭鉱主側が反対議員に贈賄したとされる疑惑がおこると、田中土建工業も家宅捜索され、角榮は逮捕されて東京拘置所に収監されてしまいます。

収監後の総選挙には獄中から出馬し保釈後のわずか10日間の運動で再選を果たします。

また、賄賂の疑惑も1951年に事実が認められないとして無罪になりました。再選後は衆議院建設委員会に所属して、土木建築関連の活動に力を入れました。

1954年に自由党副幹事長に就任し、“吉田十三人衆”と呼ばれる側近の一員となりました。

角福戦争に勝利して第64代総理大臣に

1957年39歳の若さで岸内閣の郵政大臣に就任し、テレビ局と新聞社の統合系列化を進め、現在の新聞社・キー局・ネット局の原型を作りました。

1962年池田内閣で大蔵大臣に就任し、1965年の佐藤内閣まで留任します。1965年に自民党幹事長に就任し、1968年に自民党都市政策調査会長として「都市政策大綱」を発表します。

これは1972年に発表してベストセラーになった「日本列島改造論」のベースとなるものです。

1971年佐藤内閣で通産大臣に就任しますが、1972年に佐藤が7年を超える長期政権から退くことになると総裁選に出馬し、佐藤が支持する福田赳夫を破って第64代首相となります。この時の角榮と福田との戦いは「角福戦争」と呼ばれました。

日本列島改造論は日本に大きな影響を及ぼした

日本列島改造論は、工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成によって、ヒトとカネの流れを都市から地方へ逆流させて、都市の過密と地方の貧困を解消しようとするものでした。

高崎の名家に生まれ東大を卒業して大蔵省へとエリートコースを歩んできた福田と対照的に、東北の貧しい農家に生まれて小学校を卒業しただけで政界入りした叩き上げの角榮の悲願でした。

角榮は首相の私的諮問機関として日本列島改造問題懇談会を設置して、日本列島改造論の実現を目指しますが、開発の候補地に挙げられた土地の買い占めが起こって地価が急騰して物価が上昇して「インフレ」を引き起こし、さらに中東戦争によって起きた「オイルショック」が物価の高騰に拍車をかけ、「狂乱物価」と呼ばれる事態になりました。

そのため12月の衆議院銀総選挙では、半数は守ったものの議席を減らしてしまいます。角榮は、経済を立て直すために挙党一致を求め、政敵ではあるものの大蔵省出身で安定経済成長論を唱える福田を買って行政管理庁長官に起用します。

その後、愛知大蔵大臣が急死すると、角榮は福田と話し合った末いさぎよく改造論を撤回して福田を大蔵大臣に就任させました。福田は、総需要抑制などのインフレ抑制策を発動して経済安定化を図りました。
日本列島改造論で目指した、工業再配置と全国交通網は実現できませんでしたが、のちに情報通信の発達によって、全国的ネットワークの形成は実現しました。

また、高速道路や新幹線の建設も角榮が多額な予算を組んだことから始まって今日も続いています。是非はともかく「日本列島改造論」は日本に大きな影響を及ぼしました。

間違いなく歴史に名を残した政治家

1974年10月に文藝春秋に掲載された記事によって「田中金脈問題」と呼ばれる不動産取引に関わる、不正疑惑が取り沙汰され、角榮は12月に辞職しました。就任期間は2年5カ月でした。

角榮は首相退陣後も田中軍団とも呼ばれた田中派で、その後の内閣の成立に大きな影響を与えたことから“キングメーカー”と呼ばれました。角榮が“数は力なり”と言ったとおり、80名を超える議員が所属していた田中派の協力なしには内閣が成立しなかったのです。

角榮は1976年に戦後最大の疑獄事件と呼ばれるロッキード事件で収賄容疑で逮捕されましたが、衆議院議員選で当選し続け、田中派も増え続けて首相辞任後10年の1984年に118名を数え、“闇将軍”と呼ばれて長く政界で恐れられました。

しかし、1985年に脳梗塞で倒れ、政界に復帰することなく1993年に75歳で亡くなりました。

長女真紀子は、1993年の衆院選で初当選し、翌1994年に村山内閣の科学技術庁長官として初入閣しました。

2001年に小泉内閣で外相に就任しますが、2002年に事務方との対立によって更迭され、さらに自らの秘書の給与問題を追及され議員も辞職します。

2009年に民主党に入り、鳩山内閣で文部科学委員長に就任しますが、2012年暮れの総選挙で落選しました。その日は父、角榮の19年目の命日でした。真紀子の夫は元衆議院議員鈴木直人の三男直樹です。
直樹は婿入りして田中直紀となり、2012年の野田内閣で防衛大臣に就任し5カ月間務め、現在も現職の参議院議員です。

しかし、真紀子の結婚は角榮の反対を押し切ったものであり、真紀子が政界に出たのは角榮が亡くなった年でした。角榮は派閥は作りましたが、閨閥は作りませんでした。

「政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ」と言い“角さん”と慕われた田中角榮は、一代で名を成した昭和の傑出した政治家です。

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